ぱいたんイズム

ゆるりと綴る、意識低い系ゲームプランナーの日常雑記。

ライブ恒例の『アンコール』という儀式


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恒例行事に疑問を抱いた話

どうも、ぱいたんです。


突然ですが

みなさんは『アンコール』をした経験、ありますか?


アンコール (仏:encore) とは、コンサートやリサイタルにおいて追加演奏を要望するかけ声のことであり、またその再演奏や、時にはアンコールで演奏された曲目のことも指す。転じて、一度済ませたことを再び行うこと(例えば、「アンコール放映」といった使われ方)。
(引用:Wikipedia『アンコール』より)


『アンコール』とは、Wikpediaにも書いてある通り観客が演者に向けて「もう一回!」というワガママを通す要望を伝えるための掛け声のことですね。

日本でも、ライブの最後に観客が声をそろえて「アンコール! アンコール!」なんて声援を送る光景は今や一般的になり、非常に馴染みのある習慣になっています。



今回は、そんな『アンコール』について思ったことを聞いていただきたく。


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ライブに行ってきたんです

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先日、大好きな女性グループのライブに行ってきました。

(ライブの感想は、本題と関係ないので割愛。)


素晴らしい歌声に聞き惚れていると、ひとしきり演奏が終わったところで、メンバーのひとりがこう言います。

次が最後の曲です!



最後の曲として歌われたのは、数あるレパートリーの中でも特に盛り上がる名曲。

イントロの部分だけで観客のボルテージは最高潮。

うーん、ライブの最後を飾るにふさわしい。



そして、名残惜しくも『最後の曲』が終わると・・・

ありがとうございました!

と最後の挨拶をして、メンバーが舞台袖へと帰っていくわけです。

素晴らしいパフォーマンスに対して、僕たちは惜しみない拍手と歓声で送り出します。



いやぁ、圧巻だった。

やはりライブって良いもんだなぁ。



・・・と余韻に浸っていると、会場のどこからともなく「パン、パン」と一定のリズムで手拍子が聞こえてきます。

その行為は間もなくして観客全員に伝播し、その場にいた全員が一体となって、姿が見えなくなった彼女らに対して手拍子を送ります。


これが、彼女らのライブにおける『アンコール』というわけですね。



「アンコール!」と声を上げるスタイルでも、今回のように手拍子を送るスタイルでも、観客の気持ちは同じ。

素晴らしいパフォーマンスを披露してくれた演者に対しての「すごく良かった!」「感動した!」「もっと聞きたい!」という気持ちを、精一杯に伝えているのです。



そんな観客たちの思いは実を結び、メンバーたちが再び舞台に現れて、アンコール曲を披露してくれました。

アンコール曲として歌われたのは、彼女たちの思いが詰まった代表曲。

これまたライブの締めくくりにふさわしい曲であり、ライブは大盛況のうちに幕を閉じました。



いやぁ、素晴らしいライブだった。

また来よう。




・・・でも、ちょっと待てよ?

大満足の帰り道、ひとつの疑問が僕の頭の中をグルグル巡ります。


アンコールって、そもそも何のためにある?

アンコールは、今やライブにおける『お約束』として根付いている文化です。

ライブに行く観客もアンコールをすることが当然だと捉えているし、みんなを引っ張るように率先してアンコールをする人もいますよね。



ただ、もともとは「再演を熱望している」という感情の表現としてアンコールをするわけですが、「いつものお約束だから」という条件反射のアンコールをしている人も多いのではなかろうかと思いました。


何を隠そう、僕もそのひとりかもしれません。

もちろん再演を望んでいるのは間違いないですが、頭のどこかで「あ、これはアンコールするタイミングだな」という空気を読んでアンコールをしているような気がして、今回の疑問が生まれたわけです。



空気を読んだ条件反射でのアンコールは、いわば社交辞令やビジネスマナーのようなもので、メールの最初に書く「お世話になっております」と同じくらい形骸化してしまっているように感じます。


さらに言えば、ライブの演者側も

最後の曲です(最後の曲とは言ってない)

ということなわけで、これってよく考えたらすごく茶番感ありますよね。


あまりに完璧な展開、それがアンコール

もちろんアンコールに応えてくれることは、観客からすれば純粋に嬉しいことです。


アンコールの曲も、トラブルなくスムーズに演奏される。

アンコール用の衣装だって、バッチリ用意されている。

周到な用意の上で、アンコールでもしっかりとしたパフォーマンスを見せてくれる。

さすがプロだ。

すごい。 嬉しい。



いや、嬉しいけども。



アンコールされるかどうかがわからなければ、ここまで周到に準備できていないはずなので、そもそもアンコールされる前提であることがわかります。


はじめからアンコール時のパフォーマンスもセットリストの一部として想定されているわけです。

ゲームでいうところの、いわゆる『クリア後の世界』的なものが最初から実装されているわけですね。




でも、これって何気にすごいことだと思いませんか。


もし『最後の曲』を終えて舞台袖に引っ込んだあと、アンコール用の衣装に着替えているときに観客がアンコールをせず、そのままゾロゾロと帰り始めたらどうするんだろう。


その可能性はあるはずなのに、観客たちと事前の打ち合わせをしているわけでもないのに、まず間違いなくアンコールが行われます。


これって、何気にすごいことだと思いませんか。(2回目)

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アンコールは必要か?

僕が大好きなアーティストのひとつに、『Fear, and Loathing in Las Vegas』というバンドがあります。

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▲Fear, and Loathing in Las Vegas
(画像:公式サイトより)


彼らは『アンコールをしない』ことをライブで公言するバンドであり、彼らのライブではMC中の「今日はアンコールやりません」という発言に対して、観客が賛同の拍手をしたり、「えぇーーっ!w」などと返すやり取りが楽しめます。

アンコールが無いので、彼らが「最後の曲です」と言えば、それが本当に最後の曲になります。



彼らのライブにアンコールが無いことを不満に思う声もちらほらあるようですが、アンコールが無いからこそ最初から最後まで全力。
体力も代表曲もとにかく何もかも温存することなく出し切っている感が見ていて本当に気持ちいいんです。

そこに彼らのこだわりを感じますし、そのスタイルに僕はすごく惹かれました。



恒例の儀式である『アンコール』をあえて排したライブでも、しっかりとしたポリシーのもと完成度が高く満足できる内容であれば、何の問題もないわけです。



じゃあ、そもそもライブにアンコールなんていらないのか?



いえいえ、やはりそんなに単純なものでもなさそうです。

ネットで見かけた「同じ曲数を演奏するにしても、アンコールがあるか無いかでテンションの上がり方が違う」という意見から、僕なりにアンコールが世間に支持されている理由を考えてみました。


アンコールは「うれしい!たのしい!大好き!」

なんだかんだ言いつつも、やっぱり観客が一体になって、見知らぬ人と一緒にアンコールする体験はプライスレス。

名前も知らない人ばかりだけど、同じアーティストを応援するファン同士がひとつになる感覚って、何度味わっても良いものです。



演者観客という関係にある以上、どうしてもライブ中にコミュニケーションをとる手段は限られてしまいますが、観客が好意を素直に表現し、「好きだ!」「感動した!」「最高!」という気持ちを手軽かつ存分に表現できる術として、アンコールは非常に『ちょうどいい』手段だと思います。

また、『アンコールがはじめから予定に組み込まれている』というのは、観客と演者の間に確かな信頼関係やリスペクトがあるからこそ成立する文化です。



つまりアンコールとは『観客が精一杯の好意を伝え、それに演者が応える』という体験を創出するために有効な儀式である、と考えています。

また、それ自体がたとえ茶番であったとしても、そこに確かな満足感や信頼感、そして観客と演者が通じ合う一体感があるという事実こそ、アンコールが恒例化している要因なのではないかと推測できます。



先述した通り、僕の好きなバンド『Fear, and Loathing(以下略)』のライブはアンコールが無くても満足度の高いライブとして成立しています。

これも「アンコールはやらないから、そのつもりで全力でぶつかり合おうぜ!」という彼らの思いに観客が賛同・呼応し、そこに会場全体の一体感が生まれるからこそだと思っています。



そもそもライブとは、観客と演者が実際に対面し、互いの熱量をリアルに感じ合えることが魅力のイベントですよね。

だからこそ、手拍子や声援と並んで手軽に感情表現を行える『アンコール』は、そのコンセプトにマッチした儀式なんだなぁと思いました。


まとめ

じつは、この記事を書きはじめた段階では僕が『アンコールは無くてもいい派』で、【ライブにアンコールは必要か、不要か】という観点から文章の構想を練っていました。


しかし、より要素を分解しながら考えているうちにアンコール自体ではなく、それがもたらす感覚・感情がライブを楽しむうえで大切なスパイスになっていると感じたので、【ライブを楽しむために必要であれば、アンコールをうまく使えばいいよね】という結論に落ち着きました。

みんなでアンコールするの、実際楽しいですしね。



というわけで、僕は【アンコールの有無は演者側の演出の一部だと捉えて、郷に入れば郷に従って騒ぐのが一番楽しい】というスタンスで、今後もライブ体験を楽しんでいこうと思います。

また、ライブにおけるアンコールの必要性に関しては賛否両論あると思いますので、どちらの意見でも「俺はこう思う!」な意見がある方はコメント欄やはてブなどで教えていただければ嬉しいです。
いろんな人の考えを聞いてみたい。


ではでは、そんな感じで!