とある休日、僕は夕飯の食材を買いに、近所のスーパーへ出向いた。
同居人である彼女が仕事で、かつ僕が休みの日は、僕が夕飯を担当することになっているからだ。
ちなみに僕は、まったくと言っていいほど料理が得意ではない。
大さじと小さじの分量すらも危ういレベルで、作る料理も至極簡単なものばかり。
一人暮らしをすることなく、実家暮らし⇒同棲という急なステップを踏んだため、ひとりで料理をする機会がほぼ無かったことがこの悲劇を生んでいる。
世の男性諸君、実家暮らしだろうが何だろうが、とりあえず料理は練習しておこう。わりと楽しいから。
対する彼女も料理は苦手だと言いつつも、クックパッドを見ながら色んな料理にチャレンジしてくれるので嬉しい。
彼女も僕と同じステップを踏んでいるが、同棲直後から料理を猛勉強してくれている。すごい。感服。
ただ、僕は無類のカレー好きなのだが、彼女は昔からあまりカレーを好んで食べる習慣がなかったらしく、食卓にカレーが出ることが少ない。
なので、大鍋で作れば2日はもつからとか、食費が浮くからとか、なんとかカレーを作ってもらおうと日々懇願していたりするのだが、
今回、そんな話はどうでもいい。
本題は、近所のスーパーにオラがワクワクしてくるほどすっげー強ぇーヤツがいたことである。
夕刻の市場には魔物が棲んでいる
ウィーン(自動ドアが開く音)
時刻は午後5時すぎ、スーパーは活気と熱気に満ち溢れていた。
たくさんの買い物客でにぎわう店内。
野菜を裏返しながら、入念に品定めするご婦人。
できたてのお惣菜が次々と並べられ、レジには行列ができている。
彼女の買い出しに付き合うことは多いが、ひとりで買い出しに行くことは少ない僕にとって、ひとりで訪れる夕方のスーパーはさながらテーマパークのように見える。
今回のお目当ては、ピザ用のチーズ。
売り場に到達すると、似たような袋に似たようなチーズが入ったものが数種類。
正直、品質の違いはわからない。
価格で選ぶか、量で選ぶか、パッケージのキャッチコピーで選ぶか・・・。
こういう時、僕はだいたいキャッチコピーが一番気に入ったやつを買うことにしている。
面と向かって売り込めなくても、エンドユーザーに商品の魅力を最大限伝えるために試行錯誤されて生まれた、魅力的かつ簡潔な文言
それがキャッチコピーである。
職業柄、そういう開発側の思いが詰まった文言に魅せられたら、
「この文章で商品がより一層魅力的に感じましたよ」
と心の中で最大限の賛辞を唱え、買うようにしている。
そんなこんなでチーズを選んだのち、ふらふらと徘徊し、購入を予定していなかったカフェオレとポテチも手に取る。
スーパーの活気に潜む魔物は、人の心を蝕み、そして少額商品の衝動買いにいざなう。
お祭りの夜、コスパの悪い出店フードが無性に食べたくなる現象の類似品だ。
こういう衝動買いも、活気ある市場の醍醐味である。
ついに姿を現す販売員
そうして商品を持ってレジに向かう道中、耳に飛び込んでくる威勢のいい声。
「あつあつコロッケ、できたてですよー!」
つぶした芋を捏ね、衣をつけて油で揚げた商品の完成を告げる声が、お惣菜コーナーに響き渡る。
おぉ、なんか元気になる声だな、と僕は思わず立ち止まった。
サッと買ってサッと帰るつもりで買い物カゴを使っていなかったので、手で直に掴んでいるチーズが溶けないか心配だったが、とにかく立ち止まった。
次々に陳列されていくコロッケ付近のPOPを見ると、「コロッケ1個30円」の文字。
そこそこのサイズだったので、30円を支払った場合のコスパとしては上々のように感じた。
コロッケという食べ物は、人々の食欲をみだりに増幅させる悪魔の果実。
しかも揚げたてとなれば、なおさらのことだ。
僕を含め、その場にいた客の大半が「あ、うまそう・・・」となっているのがわかる。
それを知ってか知らずか、コロッケ販売員(いい声)は畳みかけるようにこう告げた。
あつあつコロッケやすいよー
1個30円!
揚げたてあつあつだよー!
あつあつコロッケ、やっすいよー!
見てってくださーい!
あつあつコロッケやっすいよー!
威勢がいい。
そして何より、リズミカル。
本能的に人間が欲しているリズムというのだろうか。
「販売員とは、かくありき」と思わせる何かが、彼にはあった。
やすいよ、やすいよー!
あつあつコロッケ、やっすいよー!
(ここでギャルママがコロッケを手に取る)
はいはいありがとー!
2個でいい?いくらでも入れるよ!
気をつけてね熱いからねー!
はいありがとうございましたー!
さぁさぁお客さん、あつあつコロッケやっすいよー!
急なアドリブ対応さえも完璧だ。
カリスマ販売員が放つ極上のリリックに、沸き上がるオーディエンス。
さながらフリースタイルラップの世界大会にでも迷い込んだ気分だ。
コール&レスポンスもできそうなほど、もはやフロアのボルテージは最高潮。
販売員のテンションも、MAXまで上がってきた。
ここからラストサビだといわんばかりに、ドープなライムが牙をむく。
あつあつコロッケ、やっすいよー!
さぁさぁ!
コロッケコロッケお客さァん!!
あーつあつコロッケやっすいよー!
あーつあつコロッケやっすっすゥイ!!
やっすっすゥイ。
ここで飛び出す神アレンジ。
直前の「コロッケコロッケお客さァん」もインパクトは充分だったが、まさかの「やっすっすゥイ」には思わず吹き出してしまった。
正しい日本語や、商品の魅力を伝えることよりも、リズム感を最優先。
間違いない。
彼は今、完全に気持ちよくなっている。
そんな彼の即興Liveを目の当たりにした僕は、こう思った。
祭囃子に威勢のいい掛け声、リズミカルな音頭。
古来よりヒトの本能を鼓舞し、高揚させてきた風習が、姿かたちを変え、こうして今もスーパーマーケットに根付いている。
いやはや天晴、としか言いようがない。
同時に、こんな疑問も生まれた。
そもそもスーパーマーケットが「スーパー」たる所以は何か?
スーパーマンが「超人」であるならば、これすなわちスーパーマーケットは「超市場」ということだろうか。
そう仮定した場合、「ただの市場」と「超市場」の差は何だ?
「ただの市場」と「超市場」の差。
その答えとして考えられるのは、「サイヤ人」と「超サイヤ人」の差・・・
つまり、純粋な戦闘力ではないだろうか。
おそらく、あの時のコロッケ販売員・・・いや、超コロッケ人は、スカウターを破壊するレベルまで戦闘力が増幅されていたことだろうと思う。
競争力や闘争心が失われつつあると嘆かれて久しい現代日本において、あの凄まじい覇気と活力。
観衆を虜にし、惹きつけるカリスマ性。
あと、いい声。
今の日本を支え、そして変えるのは、政治家ではなく、コロッケ販売員なのではないか?
そう思えることができるほど、魅力あふれる才能に出会えたことに感謝したい。
同じ日本人として、あの販売員を誇りに思う。
ちなみに、コロッケは買わなかった。