ぱいたんイズム

意識低い系ゲームプランナーが思いつくまま書くブログ

「後輩におごってもらう」というイベント、受け入れる? 遠慮する?

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こんにちは! ぱいたん(@paitanblog)です。

会社や学校の後輩と食事に行って「後輩におごってもらう」ことに対して、みなさんはどう感じますか?


おごってもらう相手が上司や親戚であれば「やったー、あざっす!」となりますが、後輩ならどうでしょう。


あなたはアリ派ですか?
それとも、ナシ派?


ちなみに、僕は断然「アリ」派です。


僕が今まで見てきた中では、「素直におごられる人」と「遠慮して自分で払う人」の割合はおよそ2:8程度。


僕の周りだけでなく世間的に見ても、「ありがたく気持ちだけ受け取っておき、自分で支払う」という人が多いと思います。

冒頭で思いっきりアリ派だと言っておきつつ、数年前までは僕もナシ派の一員でした。


なぜ今回こんな話題に触れたくなったのか、なぜ僕はアリ派になったのか、今回はそんな内容でお送りいたします。

きっかけは後輩くんの一言

先日、僕・先輩さん・後輩くんの3人でご飯を食べに行く機会があり、後輩くんオススメのお店に連れていってもらいました。


お店に到着すると、元気いっぱいの後輩くんから嬉しい提案が。

今日は僕がおごりますよ!


そのとき入ったお店が食券を買うタイプのラーメン屋さんだったので、後輩くんも軽い気持ちで提案しやすかったんだと思います。



ありがたい申し出やな〜と思っていたら、すかさず先輩さんが断りました。

いや、さすがに後輩に出してもらうのは悪いから自分で払うわ

先輩さんはナシ派だったのです。



断られた後輩くんは「いやいやいや、いいんスよ! おごりますよぅ!」と粘りますが、先輩さんは自分の財布を取り出しながら「いやいや、さすがに悪いから」と譲りません。



昔の自分なら同じように断っただろうな〜と思いながら見ていると、どうやら先輩さんの財布に小銭が入っていなかった様子。

小銭と1000円札しか使えないタイプの券売機だったので、やむなく先輩さんは後輩くんに「ひとまず立て替えてもらう」という形でお金を出してもらっていました。
う〜ん、めちゃくちゃダサい。



予定していた流れとは違ったものの、後輩くんは「おっす、全然いいっすよ! 出します出します!」と嬉しそう。


先輩さんが無事に食券を買ったあと、後輩くんが改めて「おごるっスよ!好きなの選んでください!」と言ってくれたので、「そうかい? ありがとねぇ、嬉しいなぁ」と伝え、900円ぐらいのラーメンを選びました。



後輩くんの給料はだいたい知っていたし、900円でも3人ぶんとなればそこそこの額になるので「本当に良かったのか?」とは思ったのですが、最近ハマっているゲームの話をしながらラーメンをすする後輩くんはめちゃくちゃ嬉しそうでした。



その翌日、先輩さんは後輩くんに借りたお金を返していたのですが、お金を受け取る後輩くんが逆に申し訳なさそうな、どこか残念そうにも見える表情をしていました。


この一件を機に、今まで漠然としていた「おごってもらう」ことに対する自分の考えが整理できたので、今回こうして記事化するに至りました。


なぜ「おごってもらう」ことに抵抗があるのか

そもそも、これまで自分が「ナシ」派だったのはなぜか?と考えたとき、まず出てくるのは相手への申し訳なさ

お金という非常にシビアなものを、自分より稼ぎが少ない後輩から受け取るということに抵抗がある人も多いはず。
先輩さんは、まさにこのタイプだと思います。


次に、一般的な「世間の反応」を気にする場合もあります。

これは世間的にナシ派が大多数を占めていることで、どこか反道徳的な、後ろめたい気持ちになるのを嫌って申し出を断るパターンです。


いきなりの親切に対して「何か裏があるのでは?」と疑いの目を向けるパターンも考えられます。


そのほか、個人的にはあまり気にしないポイントですが「施しを受ける」ということをプライドが許さない人もいるでしょう。
「お金を出してもらう」ことで、「後輩よりも格下の存在」のように感じてしまう人もいるようです。



おおよそナシ派の意見として思いつくのはこのあたりですが、僕もこうした理由から、長らくナシ派として生きてきました。


そんな僕がナシ派からアリ派に変わったきっかけは、以前勤めていた会社での生活にありました。


おごる側の心理を考える

僕は現在ゲームプランナーとして働いていますが、以前、少しだけパチンコの開発会社で働いていたことがあります。

そのとき仲の良かった同僚はギャンブル好きで、昨日は勝ったやら、〇〇円負けたやらという話を聞くことも多々ありました。



そんな同僚は、儲けが出た翌日は機嫌がよく「おごるから一緒にご飯行こう!昨日勝ったから!」と食事に誘ってくれました。

僕はギャンブルをやらないので、口では「やったじゃ〜ん!」と言いつつも、「多少の儲けが出ても、それまでに使った金額のほうが大きいんだから貯金しておきなよ......」という思いがありました。


正直な話、「あぶく銭は身につかない」という言葉があるように、パッと手に入れたお金ほどすぐに使いたくなるんだろうな、という程度にしか考えていませんでした。



ただ、「ギャンブルで勝つ → 上機嫌でおごる」というベタな行動フローをとる同僚を見ていると、ハッと気づきました。

彼は「一緒に食事をすること」「お金を支払うこと」という表面的な結果を求めているのではなく、その先にあるポジティブな感情を分かち合うイベント......すなわち祝祭を求めていたのではないか、と考えたのです。


つまり「ギャンブルで勝つ → おごる」という行動は、幸せのおすそ分けで周囲も楽しませながら、わかりやすい形で自身の喜ばしい気持ちを最大限まで高めるためのプロセスというわけです。



「おごられる」ことは、与えられるばかりでなく、おごる側にもメリットを与えられるイベントなのだという気づきと同時に、おごられる側としては変に申し訳なさそうに断るのが、逆に申し訳ないのではなかろうか......と感じました。

誰かにおごろうと思っている人は、ギャンブルに限らず、何かしらの理由でポジティブな気分になっていることが大半ですからね。



それ以来、僕はおごってもらえる場面では相手にかかわらず素直におごってもらい、その代わりとして、変に遠慮せず思いっきり楽しく過ごすことを心がけるようにしています。

おごる側は幸福度が高まるし、おごられる側は支払いを気にせず楽しめる、まさにWin-Winの関係というやつです。

心意気はありがたく受け取るのが吉

さて、話を後輩くんとの食事に戻しましょう。

「おごるっすよ!」と言ってくれた後輩くん
の気持ちを考えると、「ラーメンをおごる」という行動の裏にいくつかのメッセージを感じ取ることができます。


たとえば「俺のオススメの店にようこそ! せっかくだから好きなもの食べていってくれよな!」とか、「会社の外では先輩・後輩という上下関係を脱ぎ捨てて、気にせず思いっきり楽しもうぜ!」という感情も推測できます。


また、いつも僕や先輩さんの下で頑張ってくれている後輩くんにとっては「お世話になっている先輩2人に何かしてあげられる、貴重な機会」でもありました。

今回の場合、個人的にはここが一番のポイントだったのではないかと思っています。



おそらく後輩くんは「自分のオススメの店で先輩2人をもてなす」という行動をとることで、ちょっとした恩返しも兼ねて、幸福感・達成感を高めたい思いがあったのだろうと思います。


その貴重な機会を「いや、さすがに悪いから」の一言で失わせたり、一夜明けて高揚感が落ち着いたタイミングで(しかも職場で)お金を返しに行った先輩さんの言動は、この場合に限っては悪手だったように思います。


後輩くんの優しい心意気と、先輩さんの確固たる正義と男気。
それぞれが噛み合わなかった、ただそれだけの話なんですけどね。

先輩さんの気持ちもわかるだけに難しい問題ではありますが、そこは素直に「ありがとう! ラーメンおいしいね!」でハッピーエンドにするのが最善手だったんじゃないかな......と、いまだに思い出すイベントでした。


まとめ

一般的には「先輩が後輩におごる」イベントが多いなか、今回のような逆パターンにどう対応するかは、今の時代を生きる上での「先輩力」が試されるイベントなのかなぁと思います。


もちろん正解はひとつじゃないし、場合によって対応を変える必要はあるけれど。

「先導し、与え、背中で語る」というベーシックな男気だけじゃなく、「同じ目線で向き合い、後輩のやりたいことを尊重し、ときに後輩を頼り、一緒に楽しむ」というイマドキな先輩像も、後輩とのコミュニケーションにおけるひとつの形として求められる場面があるということを実感しました。


ここまで読んでいただいた結果、「そういう考え方もあるなぁ」と思っていただけた方もいれば、「やっぱり先輩としては遠慮するのがベターだろ」という方もいると思います。

どちらにせよ無理して考えを曲げる必要はなくて、自分の信念に沿って対応するのが一番自然な対応になると思うので、今後「後輩におごられる」イベントに直面したときに備えて、この記事が少しでも自分なりのスタンスを改めて考えるきっかけになれば嬉しいです!